<一つ目の ”そもそも” のはじまり>
環境問題の改善に主体的に取り組もうと思ったきっかけは、コロナウイルスによるパンデミックが起きた2020年だった。当時、息子は小学4年生、娘は小学1年生だったが、3月に全国一斉に休校措置がとられ自粛生活が始まった。もともと東京の自宅で群馬県の老舗カリカリ梅製造会社の輸出と国内BtoB営業の仕事をリモートワークで行っていて、都内の商談や会議や展示会で群馬などの各地に時々日帰り出張したりと忙しくしていたわたし。当然のことながら、仕事も営業先に直接出向いていくこともできなくなり、さらには梅の在庫があまりないこともあり、新規の営業もとらないように、と言われ、学校の代わりに子ども達に家庭学習をさせることも必要で、もうどうしたら良いかわからずモヤモヤする日々を過ごしていた。
毎日が、先行き不透明。でも、自粛生活でほとんど家にいるか近所に買い物に出るくらいでゆっくりと新聞に目を通すことができる時間が私を変えることになった。
この先の世界、この先の未来は大丈夫なのだろうか、と危機意識のアンテナが高くなっていたこともある。
ある日、何気なく読んでいた新聞に「日本は一人当たりのプラスチック容器包装の排出量が2位である。1位はアメリカ、3位は中国」と書かれていたことに衝撃を受けた。その時の思いは“アメリカと中国に挟まれて世界で2番目にプラゴミを大量に出す暮らしをしている日本って恥ずかしい”!という日本人としてのプライドが許さないというものだった。
さらに、2020年10月16日の国際食糧デーの時期の新聞には「日本の食料自給率は低く、38%である。大豆や小麦、また畜産飼料を輸入に頼っており、パンデミックが起きた際に輸入がストップしてしまったら、私たちの食料問題は深刻な事態となる」と言うような趣旨の記事を読み、「こんなに恵まれた自然環境と農畜産業技術、土地があるのにも関わらず、これはまずい」と感じた。
今まで、目の前の仕事と家事、子育てに追われ、こういう社会環境に関することはある程度は知ってはいたが、数字を意識したことがなかったことに気づき、痛感した。
きっとパンデミックが起こり、地球全体で起きていることに対して、私たちがこの先、安心して生きていけるかに直結する問題だという危機感にやっと目覚めたのだ。
プラスチックゴミ排出量2位という記事を見たのは確か2020年の春頃だったが、そのころたまたま近所の書店の前を通りかかったときに、「プラスチック・プラネット」という絵本が特集コーナーに立てかけてあるのにも目がとまった。
手にとって開いてみて、プラスチックがもたらすあらゆる問題のことを初めて知ったのだ。

書籍紹介『プラスチック・プラネット~今、プラスチックが地球をおおっている~』 – KANKIKU
「このまま、プラスチックだらけの社会に生き続けるのは本当にまずい」その時わたしは再度そう思った。
また、その後、2020年8月には物流が止まり世界中が混乱していたころ、モーリシャスで貨物船「わかしお」号が座礁し、大量の油が海に流出した事故のニュースが流れてきて、それにも強い危機感を抱いた。
この貨物船には何も積んでいなかったようだが不必要なまでに、人間は先進国の幸福指数度を満足させるために大量の燃料を使って食糧などを輸送して貿易をすること、そしてこういう事故が起こったときは、人間以外の自然や動物の環境を破壊してしまう、それはおかしいのではないか、ということに、はたと気づいた。
となると、当時わたしがやっていた仕事は、日本のカリカリ梅を珍味やお菓子として、世界の各地に輸出してグローバル展開を目指すということ。このグローバルな展開にパッションを抱いていた価値観から180度変わってしまった。梅を輸出する意義を見出せなくなったのだ。
日本で暮らしている自分のあまりにも、無頓着な生き方に、こういったパンデミックによる危機が迫ってきたときに、今まで気づいても見ないふりして生きてきた自分、しかしそういう生き方をこれからも続けるのだろうか、なんとなくなぁなぁにやり過ごして生きていくのは自分のなかで、違和感を覚え、そこから環境問題への関心が一気に高まり、わたしの頭の中は環境オタク化してきたのだった。
<二つ目の”そもそも”のはじまり>に続く。
